横浜について見直していきたい部分があります。 これを見るとちょっと微妙な気もしますが、実際のところ、大会の計画も横浜もしくは周辺地域だけでやるというのではなく、関東の1都6県と山梨県までも含めた広域開催だったようで、それを聞くだけでも開催の意義や横浜と名乗る必要性など、多くの面でかなり無理を感じてしまいます。横浜の本牧ふ頭に浮かぶ長さ1キロ弱の吊り橋で、夜のライトアップされた姿はデート中のカップルでなくても見ておきたいものです。そんなことを言いつつ、ついこの間また調べてみたら、まだ人口が増え続けて367万人も超えているそうです。この伊勢佐木町、元々は「いせざき」ではなく「いせさぎ」と呼ばれていたそうです。
横須賀線は本来大船と久里浜を結ぶ路線であり、東京から大船までの路線は東海道線を利用していることになるのです。横浜国際競技場が7万人収容もの規模になったのはこの計画があったから、なんて話も聞きますが、昨今の経済事情やスポーツの在り方などを考えると、オリンピックを横浜でやらなかったのは、むしろ幸いだったのではないでしょうか。横浜の観光名所として、横浜ベイブリッジを挙げる人は多いでしょう。さらに進んで江戸時代になると街道が整備され、主要街道の1つである東海道の要所には宿場が設けられました。
ところで、その横浜外国人墓地ですが、実は1か所ではなく4つもあるのだとか。地元民となると逆に近すぎてあまり食べる機会がない、ということになってしまいますが、お勧めはできる一品であります。みなとみらい線も開通し、東京などの周辺地域から行き来しやすくなったのも大きいでしょう。また、橋の長さも当時としてはかなりのものだったようで、開通して間もないころは多くの車両がこの橋を通る、というか見るために訪れて、新たな渋滞を引き起こすという皮肉な面もありました。